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2011年3月 5日 (土)

結果を変えたければ

『体が硬い人のためのヨガ』の編集作業をしていたとき、
水野健二先生からお預かりしていた資料の中に

「結果を変えたければプロセスの1つひとつを検討すること。
プロセスを変えなければ結果は変わらない」

というフレーズがありました。
ヨガでも踊りでも生活のささいなことでも、どうしようもない行き詰まりを感じると、
私はこのフレーズに立ち返って考えるようにしています。
「自分はどのプロセスでつまづいて、うまく行かないんだろう?」と。

自分を見つめなおす作業はときとして酷で、面倒で、つらいものですが、
プロセスを省みて自分を変えられれば、新しい境地に簡単に行けるようになると思います。

たとえば踊りの練習をしていて、それを動画で撮影してチェックすると、
できているつもりでいたことが、実は全然できていない、ということが多々あります。

そして、心をこめてていねいに動いているつもりでも、
映像で見ると惰性でだらしなく動いているように見えたり、
もしくは、あわてて動作しているように見えることがあります。
それはつまり、一つひとつのプロセスにかける集中力が足りていないということです。


よりすぐれたプロセスの中で動くためには、
自分をできるだけ冷たい目で観察して不完全なプロセスを拾い出すこと。
そして新しいプロセスが無意識のうちに出てくるぐらい身につくまでは、
余計なことは考えずにひたすら練習するしかありません。


先日、踊りの仲間と話していたときに、
「先生が踊ってるときの写真を見たら、どの写真もバッチリとキマっている。
どの瞬間のポーズもきれいだ」と言っていましたが、
確かに秀でたダンサーは、どの場面を切り取っても絵になってしまうのです。
優れたダンサーのダンスは、ものすごく精妙なプロセスの積み重ねでできているのだと思います。


そもそもプロセスの積み重ねがものを言う、ということは
何の世界においても共通して言えるのかもしれません。

たとえば文章を書くことにしても、
言葉をひとつひとつ選んで、組み立てて、無駄は省いて、必要なものは付け加えて…
という作業を、気持ち悪くなるくらい繰り返して完成形へと近づけていきます。
「文章を書く仕事をしています」というと、
なんだか華やかなイメージで捉えられることがありますが、
実際の作業はものすごく地味で粘着質で、ため息と無言の世界なのです。

けれどプロセスを正確に、かつ丁寧に積み上げていった文章は読みやすいから、
世のライターたちは、がんばってその作業をするわけです。
世のライターたちは、ライターとしてのプライドにかけて、
自分が世に出す文章はできるかぎり読みやすく美しく仕上げたいわけです。
自分の感じたことをベストな文章にのせたい、
そして自分の気持ちを誰かと分かち合ってみたい、その一心で、
世界中のライターが目を真っ赤にして頑張っているわけです。私も含めて。


料理だって、プロセスが大切ですよね。
使う材料は形をきれいにそろえて切って、
火の通し方も、順序やきまりに沿って加減して、
味付けも分量に注意して決めていけば、料理はそれだけで十分おいしくなります。


ちなみにいわゆる天才肌といわれる人で、「私は適当にやってるだけよ」
「適当に作ってるだけなんだけどね」と言いつつも、
他を圧倒するすばらしいものを作る人がいますが、
そういう人は、プロセスを無視しているわけではない気がします。
天才肌の人は、効率のよいプロセスの中で動くことが、
無意識にできてしまうくらいしっかり身についているのだと思います。


一度身についてしまったプロセスを観察して訓練して変えることは、大変なことですが、
それでも上手になりたいから、
上手になったらどんな気持ちになれるのか、知りたいから、
大変でも何でもがんばろうと思えるのではないでしょうか。

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